「人として成長」という言葉の違和感

よく、独立を目指す人と最近話すのですが、

よく出てくるのが

「人としての成長」

という言葉。

 

独立するために必要なことを聞くと

「もっと人として成長すること」

だというのです。

 

じゃあ人としての成長って何を持って成長なの???

と私は思ってしまうんです。

 

例えば私が最近感じる、

「人と話すことで自分の気づかなかったことに気づく」

とか、

「人を通じて自分の考えがかわる」

という事は、成長だとは私は思いません。

 

ただ、そーゆう人からすると、これは成長だというんです。

 

そもそも、それが成長なのか、退化なのか

どうやって判断をつけるのでしょうか??

 

だって人生において何が正解で何が間違いかなんて、わからないと思うんです。

死んだってわからない。

 

それなのに、向かうゴールがわからないのに

なぜ成長していると言えるのでしょうか…

 

私は過去に自分の考えに大きな変化を感じたことがあったけど、数年で元に戻りました。

これは、恒常性(生物が外的な変化に対して一定を保つ作用)なのかもしれないですが、

人は変わってもまた変わるし、

戻ることもあります。

 

これは「成長」が足りなかったから??

 

「成長」ではなく、

単なる

「考え方の変化」

という表現が正しいのではないか??

そう思うのです。

 

例えば、

起業して、倒産、新宿のホームレスという人を以前テレビで見かけました。

 

この人は起業に向けて動き出したときのことを、当時は「成長」と言ったかもしれない。

でも、ホームレスになった今、振り返って

「あの時は成長したな」と言うのでしょうか?

それは、ただ「考えが変わった時期だったな」と思うのではないでしょうか??

 

 

多くの人が周りに集まったら成長?

多くの人に信頼されたら成長?

 

それを望んでない人にとっては

それは別に成長でもなんでもない。

 

もし、

望み・目標に近づくこと→成長

 

だと言うなら、

 

「目標としているコトに近づく変化」

と呼ぶのが1番しっくりくると思うんです。

 

目標だってその時その時で変わります。

 

目標が変われば、過去の変化した自分は

実はあの時退化だったな…

と感じることもあるんじゃないのでしょうか??

 

と、本当にどーでもいい事を最近考えます。

そんな事考えてる場合じゃないのに。